茶事研究会
聖寵庵茶事研究会(年数回)
日々の稽古は すべて茶事へと向かっています。
昔から表千家では、もてなしの心は道具に語らせるといいます。道具への見識・知見を深めることも大切です。
お茶の正式な形の「茶事」。
茶事の種類は六種。
炉の時期(11月ー4月)は口切・夜咄・暁の茶事。
風炉の時期(5月ー10月)は初風炉・朝茶・名残の茶事。
そして「一年」を四季に分けての茶事。
「一日」を朝・昼・夜のお茶に分けての茶事。
様々なお披露目やお祝い事、追善などの茶事もあります。
茶事は日々の稽古が具現化する時。
その時のための・・・
茶事研究会です。
茶事は、一朝一夕でできるものではなく、歳月をかけての稽古や修練の積み重ねが大切です。
亭主・正客・詰め・半東など
実際の茶事の流れに沿って学び合い、
お茶の愉しみを深めて参りましょう。
新緑、桜の頃
初風炉の頃
藤の頃
口切の頃
紅葉の頃
雪舞う頃
聖夜の頃
四季折々の移ろいとともに・・・。
(年数回。お問い合わせください)
聖寵庵の茶事に寄せて
聖寵庵の茶事に参会なさった方からの感想
聖寵庵の茶事から
夕去り
陽の落ちる夕方から夜にかけて行う茶事。明るいうちに席入りし、薄暗くなる中で懐石や茶を楽しむ幽玄な趣向。主に初夏から初秋にかけて、暑さを避けて夕暮れの風情と景色、はかないひとときを愛でる茶事。
関守石
「これより先は遠慮されたし」という亭主の意思表示であり、二岐の分かれ道の一方を塞ぎ道案内の役目を果たします。「止め石」「踏止石」とも言う。
棕櫚箒
表千家では、
「棕櫚箒」は、外露地の腰掛の下座側の柱の竹釘に掛け、棕櫚の青い葉5枚を「青竹」の柄に結んで、葉先を切り揃える。
蕨箒
「蕨箒」は、内露地の腰掛の下座側の柱の竹釘に掛け、あるいは、内露地の塵穴の近くの柱の竹釘に掛ける。
黒いわらび縄を「白竹」の柄に結んである。
短檠
「行灯、短檠の灯心のことについては、大きさに細かな決まりがある。(略)ここ(千家)のは、三筋、五筋がよい。(略)短檠は夜咄の時に使うものであるから、あかりは強く、その(微妙な)心持ちは、直接申します。」と「江岑宗左茶書」にある。
蹲踞・蹲
「青竹の筧」
茶事を前に、蹲の筧を青竹に取り換えました。
「蹲」は「内露地」で重要な意味を持っています。
「つくばい(蹲踞・蹲)」の持つ意味は、
主に以下の2点にあります。
【 茶の湯における「心身の清め」と「謙虚さ」】
意味・由来: 茶室に入る前に、客人が手や口を清めるために設置された手水鉢(ちょうずばち)のことです。
所作の由来: 高い位置にある手水鉢とは異なり、あえて低い位置に据えられているため、利用する際に「つくばう(しゃがむ・身をかがめる)」姿勢をとる必要があります。この姿勢をとることで、謙虚な心で茶席に入るという精神的な準備を意味します。
【 日本庭園の「景観」と「結界」】
意味・役割: 茶庭(露地)の演出としてだけでなく、日本庭園に置かれる風情ある要素(添景物)です。
境界: 日常の空間から非日常(茶の湯や美しい庭の景色)の空間へ切り替わる、境界(結界)の役割も持っています。
代表的なものとして、龍安寺の「吾唯足知(われただたるをしる)」と刻まれたつくばいが有名で、これは「今ある満足を知る」という禅の教えを表しています。
相伝と茶事
相伝いただいても茶事をしないなら
何にもならない・・・
(表千家同門会講習会である宗匠のお言葉)
相伝を受けても、実際の茶事で実践しなければ、その真髄を理解したことにはならないとされる。茶事を通じて、相伝された「型」に心がこもった「一期一会」の精神が体現される。
「相伝(そうでん)」と「茶事(ちゃじ)」は、修行の到達度と、その成果を実践する最高の場という深い関係にあります。
たとえば聖寵庵の茶事では
後座で客に「花所望」(相伝「習い事」)をいたしました。
尊敬する方、茶花の入れ方に精神性を感じている方、
そのような方に「花所望」をいたしました。
また「相伝のお許し状」をいただきますたびに、
お許しをいただいた相伝で茶事をして参りました。
表千家の相伝は
「入門」「習事」「飾物」「茶通箱」「唐物」「台天目」「盆点」です。
聖寵庵の茶事では以下の相伝を組み合わせてまいりました。
- 「茶筅飾り」(飾り物)
- 「唐物」と「茶杓飾り」(飾り物)
- 「唐物」と「茶入飾り」(飾り物)
- 「盆点」と「花所望」(習い事)
- 「盆点」と「軸飾り」(飾り物) と「花所望」(習い事)
以下、表千家「茶の湯こころと美」より「花所望」(習い事)です。
茶の湯の花は茶室でその季節を最も端的に表現できるものの一つです。その茶室の花について、茶の湯の習いの中に「花所望(はなしょもう)」と呼ばれるものがあります。
茶室で花入に花を入れる時、亭主は季節の喜びを最も感じとれるので、茶の湯の中の楽しみの一つです。「花所望」とは、その花を入れる楽しみを茶室の客に譲るという作法です。
まず由緒ある花入を使った時とか、客から見事な花を頂戴した時などに使われます。床の上に用意した花入の横に、花を盛った花台を添えておき、席入りして来た客にその花入に花を入れていただくように所望するということになります。
ここでは、京都に今日咲いている花をお目にかけ、用意した花入に活けて頂けたらと思います。ぜひ花を通して客人をもてなす茶の湯の気分を味わってください。
茶事 と 茶会
茶事と茶会
茶の湯の歴史と変遷
茶の湯の歴史と変遷
茶事と茶会の違いを理解するには、その歴史を辿ると分かりやすくなります。
鎌倉〜室町時代:闘茶と「寄合」
初期の茶の湯は、お茶の種類を当てるギャンブル(闘茶)や、豪華な食事を楽しむ宴会に近いものでした。これを「茶寄合(ちゃよりあい)」と呼び、大勢で賑やかに楽しむスタイルが主流でした。
安土桃山時代:千利休による「草庵の茶」
千利休は、それまでの華美な宴会を否定し、狭い空間(二畳や三畳)で主客が向き合う「わび茶」を完成させました。ここで、現在の「茶事」の原型が確立されます。
- 精神性: 禅の精神を取り入れ、一期一会の交流を重視。
- 構造: 食事(懐石)から濃茶へと続く厳格な構成が定まりました。
江戸時代〜近代:大寄せ(おおよせ)の普及
江戸時代に入ると、茶道は武家のたしなみ(式正の礼)として制度化されます。明治時代以降、政財界の重鎮たちが大規模な茶会を開催するようになり、一度に多くの人を招く「大寄せの茶会」が一般化しました。
現在私たちが目にする「お茶会」の多くは、この「大寄せ」の形式です。
「茶事」「茶会」
どちらが「本番」?
茶道の世界では、「茶事」が「本道(本来の姿)」とされています。
日々の稽古は、すべてこの数時間にわたる「茶事」を円滑に、美しく行うための練習と言っても過言ではありません。
一方で、「茶会」はより多くの人が茶の湯に触れる機会として、文化の普及に大きな役割を果たしています。
茶事案内状について
茶事案内状の起源(室町~桃山時代): 村田珠光らが茶の源流を確立し、千利休が茶事(炭手前、懐石、濃茶、薄茶)を体系化した時代に、客を招くための正式な手紙として定着しました。
「茶事案内状」は、あらかじめお招きする方へ「日程などのご都合伺い」で調整しておき、正客と連客の客組を決定した段階で正式な案内状を出すことになりますが、茶事の一カ月前には、お客様に届くように配慮しております。これは、お招きする方にも余裕をもって準備をしていただけるよう亭主側の心得であるかもしれません。
案内を受けた客は、指定された日時に必ず伺う旨を記した「請書(うけしょ)」を返書する習慣があります。
案内状は、単なる通知ではなく、その日その時だけの特別な出会い(一期一会)を大切にするための第一歩として位置づけられています。
古くは、茶会への招きは近隣の茶人同士であれば口頭や使者を通じて行われることが一般的でした。しかし、室町時代から安土桃山時代にかけて、茶の湯が儀礼として整い、遠方の客を招く機会が増えるにつれ、詳細を記した「書状(手紙)」が必要不可欠となりました。
不参の礼:万が一欠席する場合は、案内状を受け取った直後に丁寧にお断りするのが礼儀です。これは、亭主が客に合わせて料理や炭の準備を始めるため、迷惑をかけないという茶道の「利他」の精神に基づいています。
一筆進めるごとに相手の方を思い、茶事当日のことを様々に思い浮かべつつ、「茶事はもう始まっている。」と思うのです。
茶事の案内状は、茶室に入る前からすでに始まっている「一座建立(いちざこんりゅう)」の第一歩といえる歴史的な伝統です。
表千家北山会館より「茶事」

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茶の湯は人と人とが心を通わせ合う、日本の「和」を重んじる文化です。一服のお茶を基として人との和を大切にすることは茶事も日常のお茶も、なんら変わることのないものです。はじめて茶の湯に触れる方々から、日頃より親しんでおられる方々まで多くの皆様に是非ご視聴いただければと思います。
表千家北山会館ホームページ https://www.kitayamakaikan.jp/